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執筆者の写真石塚

プラトンの「想起説」とアリストテレスの「質量と形相」。

更新日:2018年9月16日

ギリシアには知識があり喋りが上手なソフィストと呼ばれるメディアっぽい人たちがいた。彼らは金銭と引き換えに知恵を教えていた。しかし、論理の力で無理やり納得させたり、金持ち相手にばかり商売していたという逸話が残っている。



ソクラテスはソフィストの批判者として扱われることが多い。ソフィストは「普遍的な真理は存在しない」というテイで、その場を繕うようなビジネスをしていたのだろう。ソクラテスはそれを批判して、「無知の知」という概念を作り出した。無知の知を前提としながらも、なにか法則性や秩序がないのか考えた。


それを引き継いだのはプラトン。プラトンは「イデア」という概念を作った。イデアとは事物の本質のこと。本質という精神世界とも理論物理ともとれる概念を作り出したことによって、問いの立て方に深みがでた。


プラトンは「想起説(アナムネーシス)」というのを唱える。イデアは見つけるものじゃなくて、もともと知っているのだから思いだせばいいんだよと言う。


そして、もう一人アリストテレス。プラトンが現実世界(現象界)とは別の部分にイデアという概念を置いたのに対して、アリストテレスは、イデアは現実の中に存在すると主張した。


アリストテレスは「質量と形相」という概念を作り出した。質料と形相は、材料と設計図のようなものと置き換えられる。



プラトンの思想は救いの宗教的だ。プラトニズムといって、後の宗教にもかなり影響を与えている。


アリストテレスは「質量と形相」という概念をつかって、様々なものを今でいう工学的に分解した。論理学から始まり、宇宙、天体、気象、物理などを分析したり、人間の心理にかかわる詩や演劇、そして少しバイオロジカルなものまで多岐に及ぶ。最終的には倫理学にまで到達している。アリストテレスは理性的に生きるためには、中庸が大切だと説いている。



プラトンとアリストテレスの違いは、「アテナイの学堂」という絵画に表されている。いわいる、天を指さすプラトンと、地に手のひらをかざすアリストテレスというやつだ。ラファエロ・サンティによって、アテナイの学堂が書かれたのは1509年と1510年の間だ。しかし、プラトンが生きたのは紀元前427年から前347年までだし、アリストテレスは前384年から前322年だ。アテナイの学堂が描かれたのはプラトンとアリストテレスの時代から1900年も後のことだ。一緒に語るには少しためらいが入る。かなりデフォルメされているに違いない。うふふ。


プラトンは宗教、アリストテレスは科学って感じだけど、プラトンのような超越論的なアプローチがあるからこそ、解体だけじゃなくて、新しい概念が生み出される。



※写真は東京大学哲学科出身の To Bias さん。シンボリックで、とても素晴らしい写真だ。



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